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那覇地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

原告が被告に対して平成元年一月一七日付で申請した地域雇用特別奨励金(第二回分)について、被告が平成元年九月五日付でなした不支給の決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、地域雇用特別奨励金の不支給決定を受けた原告が、その取消を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、食料品、衣料品、日用雑貨等の販売等を目的として、昭和六二年八月一二日設立され、いわゆるスーパーマーケットを中心とした営業を行っている。

2  地域雇用特別奨励金(以下「特別奨励金」という。)(第一回)の受給

原告は、被告に対し、昭和六二年一〇月一日、雇用保険法六二条一項二号及び同法施行規則一〇七条(当時)に基づく地域雇用開発助成金支給にかかる「事業所設置・整備及び雇入れ計画書」を提出し、同年一一月九日から操業を開始した。

原告は、被告に対し、同年一二月二四日、「事業所設置・整備及び雇入れ完了届」、「地域雇用特別奨励金受給資格決定申請書」、「地域雇用特別奨励金支給申請書(初回申請用)」を提出した。原告は、その時点で、被告から紹介を受けて採用した一五名と併せて計一八名の一般被保険者を雇用していた。

被告は、審査の結果、昭和六三年二月二二日付で、特別奨励金(第一回)七五〇万円を原告に支給することを決定し、原告はこれを受給した。

3  第二回目の特別奨励金支給申請と不支給決定

原告は、被告に対し、平成元年一月一七日、第二回目の特別奨励金の支給申請をしたが、被告は、同年九月五日、(1) 原告の事業所における第二回の支給時期における雇用保険の一般被保険者数が完了届提出日における雇用保険の一般被保険者数(一八名)より一名下回っている。(2) 原告の事業所における対象労働者(地域雇用奨励金受給資格決定者)の退職後の雇い入れ(補充)が適格になされていないとの理由で、不支給の決定をした。

原告は、被告の右不支給決定を不服として、平成元年九月二二日、被告の上級官庁である沖縄県知事に審査請求をした。同知事は、平成二年七月四日、原告の審査請求を棄却する旨の裁決を行った。

被告は、審査請求の審理の過程で、(1)の理由については要件を満たしていることを認めた(不支給決定処分後に原告が金城直美、下地清美の雇用保険被保険者資格取得年月日を遡って第二回目の支給時期以前に変更したため)ので、争点は(2)の理由のみとなった。

二  争点

1  本件の不支給決定は、抗告訴訟の対象たる処分であるか否か。

この点について、被告は、本件処分は行政事件訴訟法三条二項の「処分」に該当しない。即ち、本件の特別奨励金の支給のような給付行政の分野においては、契約等の手法も用いられるので、処分性を認めるためには当該行為の根拠とされる法律によって当該行為が公権力の行使たる性質を有すると解釈される場合でなければならない。これを本件に即して言えば、当該法律により国民に具体的な補助金受給権が与えられ、行政主体が補助金を受給しない旨を決定することが、この補助金受給権を侵害すると認められる場合でなければならないというべきである。特別奨励金の支給については、処分性を付与している根拠規定はなく、不支給決定の取消しを求める本件訴えは不適法であると主張する。

これに対して、原告は、本件処分は、伝統的な意味での処分性はないとしても、現実には国民の権利・利益に重大な影響を及ぼしている種々の行政活動については、国民に実効的な救済を与えるために、処分性を広く認めていく必要がある、また、本件決定に不服があるときは、審査請求ができる旨教示しているのであって、これは本件決定が行政処分であることを前提としていると主張している。

2  (処分性が認められた場合)本件の不支給決定の違法性の有無。

第三争点に対する判断

一  行政事件訴訟法三条二項に取消訴訟の対象として規定されている「処分」とは、行政庁がその優越的地位に基づいて行う行為で、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。

これに対し、補助金の支給や本件の助成金支給のような非権力的な行政の分野では、行政活動の特殊性が薄れ、対等な私人間と同様に契約的手法を用いることが可能であり、その場合の行政庁の行為は、取消訴訟の対象となる処分には該当しないと解される。

しかしながら、非権力的な行政の分野においても、立法政策として、一定の者に補助金等の交付を受ける権利を与えるとともに、交付申請及びこれに対する交付決定の手続により、行政庁に申請者の権利の存否を判断させるシステムを採用した場合など、法令が特に補助金等の交付決定に処分性を与えたものと認められる場合には、取消訴訟の対象となるというべきである。

二  そこで、本件の特別奨励金についての関係法規を検討する。〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、法律等の条文はいずれも昭和六三年当時のものである。

1  地域雇用開発等促進法八条一項は、同法二条一項で規定されている地域雇用開発促進地域内における地域雇用開発を促進するため、同地域内に事業所を設置し、または整備して求職者を雇い入れる事業主に対し、雇用保険法六二条一項二号に基づく雇用改善事業として、必要な助成及び援助を行うものとし、これを受けて、雇用保険法では、雇用改善事業の一つとして、地域的な雇用構造の改善を図るために、事業主に対して、必要な助成及び援助を行うこととし(同法六二条一項二号)、その事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定める(同条二項)ものとしている。

2  右の労働省令として雇用保険法施行規則があり、同規則一〇七条一項は地域雇用開発助成金として、地域雇用奨励金、地域雇用特別奨励金、地域雇用移転給付金の三種があることを規定し、同条三項は、特別奨励金の受給対象となる事業主の要件を規定している。即ち、特別奨励金は、地域雇用奨励金の支給をうけることができる事業主(要件は同条二項に規定されている)であって、対象事業所の設置又は整備に伴い対象労働者を五人以上雇い入れた事業主に対し、雇い入れた対象労働者の数に応じ、当該対象労働者の雇い入れに係る費用の額を限度として、支給するものとされている。

3  さらに、昭和六三年二月二五日付職発第八〇号・各都道府県知事あて労働省職業安定局長通達及び昭和六三年一二月二一日付け各都道府県職業安定主管課長あて労働省職業安定局 国鉄・地域雇用対策室室長補佐事務連絡(以下「通達」と総称する。なお、いずれも抜粋である。)において、概ね以下のような規定がなされている。

(1) 特別奨励金の支給金額、時期

(2) 受給資格の決定の申請及び支給の申請の手続き

受給資格の決定及びその通知並びに支給決定及びその通知

(3) 不服申立て方法の教示をすること

三  以上によれば、根拠法である地域雇用開発等促進法及び雇用保険法においては、「必要な助成及び援助を行う」というだけで、他に助成及び援助の具体的な種類、内容、支給基準等についても何らの規定を置いておらず、右の規定のみでは、第三の一記載のような処分性を見出し得る手掛かりは見当たらない。また、雇用保険法施行規則においては、特別奨励金の受給対象となる事業主の要件を規定しているのみであり、通達の段階において、初めて、支給申請、支給決定等の手続きや支給決定の主体、不服申立ての手続き等について規定されている。他に雇用保険法には、特別奨励金の支給に関して事業主に雇用改善事業に伴う利益を享受しうる地位を付与することを予定して、その具体的手続き等を規則に委任する趣旨の規定はない。このような点を総合考慮すると、右規則は、行政庁で内部的に事業の内容を定めたに過ぎず、また、通達は、右規則の規定を受けて、助成金の支給に当たった適正な事務処理がなされるように、内部的な手続きの細則を規定したに過ぎないものというべきである。したがって、右規則も通達によって、特別奨励金の支給・不支給決定に処分性が付与されるものではないと解される。

また、原告は、被告が本件決定に対して行政不服審査法上の審査請求ができることを教示したことを理由として、右決定が処分性を有すると主張するが、同法と行政事件訴訟法で処分性の概念を等しくする理由はなく、右主張は失当である。

そうすると、原告の請求は、行政事件訴訟法三条二項の処分に当たらないものの取消しを求めるものであって、不適法である。

四  以上によれば、本訴は、訴えの利益を欠くものであるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大工強 生島恭子 高瀬順久)

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